実家、東北宮城へ
この度、長い休暇をもらい母の実家宮城県を訪れた
彼女の生母は4人兄妹弟
白石市という小さな町で妹家族、弟夫妻、老人ホームに兄がいる
兄昭一の次男は仙台から有休をとり駆けつけてくれた
母は兄弟妹とは6年ぶりの再会だったが当時のことは一切覚えていない
私は長男が生まれて訪問したのが最後で、あれから約25年ぶりの再会となった
墓参りと兄の老人ホームに行く約束を果たすために実家に一同集合
奥様よし子が寝たきりで、毎日車を運転し買い物して家事をこなしていると聞いていた弟英徳は、驚くことに神経麻痺で左手、左足が殆ど動いていない状態でいた
いつも家の中でも転んで体は痣だらけと知る
背の高い車に乗せるのも二人の手が必要だった
午前:墓参りへ
山間にある3段目の墓までの道のりは急な坂道に無理やりコンクリートでスロープにしている様
持参してきた車いすには母より足が悪かった弟を乗せて押し、えっちらおっちらようやく辿り着く
母の墓地用の額ほどの小さな土地は実家髙橋家の斜め下に購入してあり、ここに墓を建てるかと聞くと一人は寂しいので実家の墓でお父さんもいるところが良いと言われた
いとこの俊弘にそれを伝えると、自分の代は管理できるが娘の時代は無理だと思う
最終的にはあそこだね、と集合墓地を指さした
墓じまいは今はできないか、と感じた次第
帰路は急坂を下る形で車いすは後ろ向きで作動するのが基本だが、男性の体重は重く前足も浮き急坂のバックは大変危険、年寄りの移動は一苦労、二苦労もする
午後:兄との面会
隣町蔵王市内にある老人ホームは現在もコロナ対策が厳しく、駐車場横の施設の外から窓ガラス越しの面会で携帯電話で対話することが許された
外なのに全員検温も余儀なくされた
人数も四人までと言われたが駐車場だから5人でも問題ないだろうと後ろから様子をうかがう
所要時間は10分
元自衛隊の厳しく怖いイメージだった兄昭一は何を話しても終始ポロポロと涙を流し感激している様子だった
年寄りが年寄りを介護する時代
本当にこれから大変な時代が迫っている
そして皆顔を合わせるのは最後かもしれないねと話した